福音宣教の広がり

こういうわけで、あなたがたのところに何度も行こうと思いながら、妨げられてきました。しかし今は、もうこの地方に働く場所がなく、その上、何年も前からあなたがたのところに行きたいと切望していたので、イスパニアに行くとき、訪ねたいと思います。途中であなたがたに会い、まず、しばらくの間でも、あなたがたと共にいる喜びを味わってから、イスパニアへ向けて送り出してもらいたいのです。ローマ15:22~24
そういうわけで、私は、あなたがたのところに行くのを幾度も妨げられましたが、今は、もうこの地方には私の働くべき所がなくなりましたし、また、イスパニヤに行くばあいは、あなたがたのところに立ち寄ることを多年希望していましたので、というのは、途中あなたがたに会い、まず、しばらくの間あなたがたとともにいて心を満たされてから、あなたがたに送られ、そこへ行きたいと望んでいるからです(新改訳)

当時は、世界の都ローマと言われていたところです。パウロは、ローマに行きたいと切なる願いを持っていました。しかし、からが優先的に福音を宣べ伝えたいところは、まだ福音が伝えられていないところです。ローマの町には既に福音が伝えられており、既に教会もあります。パウロは、まだ福音が伝えられていない所での働きを終らせなければ、ローマに行くことはできないと考えたようです。しかし「しかし今は、もうこの地方に働く場所がなく、その上、何年も前からあなたがたのところに行きたいと切望していたので、(ローマを)」訪ねたいとパウロは言っているのです。

パウロは、主イエスが天に昇られる前に「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」(使徒1:8)といわれた言葉をよく知っていたし、シルクロードによってすでに交易していたインドや中国などの国があることも知っていたに違いありません。彼はここで、「異邦人の中でまだ福音を聞いたことのない人はひとりもいない」などと言っているのではありません。「自分に与えられている働きにおいて行くべき所は十分行くことが出来たので、今ローマに行こうとしている」と言っているのです。

ここには、イスパニアという国の名前が出てきます。スペインのことですが、彼はスペインに行く途中でローマを訪れたいと述べています。ローマ人への手紙が書かれたのが起源50年ごろであるとすれば、この手紙が書かれたころはまだスペインには教会はなかったと思われます。ある程度は整備されてきたとはいえ、交通網も交通手段もまだ発達していなかったこの時代、また旅の危険も隣り合わせにあるこの時代に、パウロがスペインまで伝道に行くという志を持っていることは、彼の伝道の情熱が如何に大きなものであったかを表すものといえます。

祈り

天の父なる神様、パウロによって異邦人伝道が具体的に始まり、その後も世界中にあなたの福音を届けるための器を起こしてくださって、私たちにも福音が伝えられ、信仰による救いの恵みに導かれたこと、心より感謝いたします。まだあなたを知らない方々にお伝えすることが出来ますように、私たちの働きをお導きください。
イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。

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