喜びも希望もない

楽しみもない。喜びもない。希望もない。

 ある方が次のような質問を投げかけました。
あなたならどのようにお答えになるでしょうか?

楽しみもない。喜びもない。希望もない。
毎日、不安や心配しかない。

なぜ生きているのか分からなくなっています。

死にたいです。

皆さんは、なぜ生きているのですか?
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 この世の生活には苦しいことが多い。
これは一般的に苦しいということよりも、具体的に、苦しみを受け続けて
こられた方であるかもしれないし、

 何とか生きていこうと思いつつも、
生きる気力を失ってしまって、もはや死ぬことしか考えることができない。
そういう思いの中に今おられる方であるかもしれません。

 これはしかし、ある特別な方の特殊な考えというよりは、
ある意味では、誰もが心のどこかに抱いている思いといえるのかも知れません。

 私自身、かって死にたいと思ったことがあります。
いずれにしても、この方は、自分のこの気持ちを受け止めてくれる誰かを
十分な理解はできなくても、いくらかでもこのつらい思いを持つわたしを、分かってくれる誰かを
求めておられるように思うのです。

 マザー・テレサは、「愛の反対は無関心である」と言いました。
 聖書を通して神は、「愛する」ことを命じておられます。

 愛するものでありたい、と思いながら愛することができない
自分自身の弱さを思います。

 しかし、そんなわたしが主によって支えられていることを知るのです。

あなたの重荷を主にゆだねよ/主はあなたを支えてくださる。主は従う者を支え/とこしえに動揺しないように計らってくださる。(詩篇55:23)

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