美輪明宏さんが語る原爆体験

昭和20年8月9日 美輪明宏さん(当時10歳)
昭和20年のこの日、長崎市内の自宅で、夏休みの宿題の絵を描いていたとき、原爆に遭ったそうです。

画像の説明

一瞬訪れた「無音」の瞬間の後、世界中の雷を集めたような轟音が響き・・
何事かと驚いて外に出ると、馬が肌がただれケロイド状になって死んでいる。

馬車を引いていたおじさんが、錯乱状態なのか?
ピョンピョンと飛び跳ねて異様な動きとなっていた・・・

まさに・・地獄絵図だった。

その後、一時疎開した後に終戦を知って実家の喫茶店に戻った。
その店先においておいた畳のところに、矢絣とボロボロになってちぎれたもんぺをズルズルと引きずりながらやってきた女性が、店先のその畳を見るや・・・
懐かしそうな、安堵したかのような柔和な表情になり、そこに横たわってしまった。

美輪さんは、困ったな、、と思ったけれども・・
その女性が、やけどで腫れ上がり、しゃべることも適わぬ唇でくりかえし
「・・み・・・・さい・・」と訴える。

どうやら「水を飲ませてください」と訴えているのだとわかり
慌てて土瓶に水を入れひしゃくを持ってきて渡そうとするが、その女性には手が無く、ヤケドでぐちゃぐちゃになっていて持てなかったのだ。(涙)

なので、美輪さんは、ひしゃくをもって彼女の口元に運んで飲ませてあげると・・・
美輪さんは泣きながら「今でも忘れられない・・」といいながら語り続け、

「子供の私にね、こうやってね(手に胸を当てる姿勢)拝むんですよ・・・(涙、涙)」

「本当にありがとうございました・・」って・・・

そして、その後横になったまま寝ているのかと思ったら死んでいた。
「お水をあげたら死んでしまうんです、みんな・・」

そしてその後、何人も何人もおじさんから、男の人からたくさんやってきて、、
死ぬのだと分かった上でひとりひとり、
あまりにも残酷で哀しい「末期の水」を飲ませてあげたのだと・・・

語っています。

正直、この数分の語りを聞いただけでも、涙がもう・・
流れ続けるというか、同じ人間同士がこんなことがあっていいんでしょうか?

こんな残酷なことを?

女性は何の罪もないのに、突然、意味もわからず生活を破壊され、ズタズタになった痛みつづけ、きしみ続ける、ぼろ布のようになった体を引きずって、、
放射線の熱にやられた身体で、何日も水を求めてさまよい・・・

やっと自分の家にもあった日本の畳をみつけたとき、
こんなに苦しい阿鼻叫喚の地獄の中・・・
これまでのなんでもない平和であった生活のことを、懐かしさを思ったのでしょうか?
求めてさまよい続け、やっと最期の最期に美輪さんからいただいた水と、
その人の優しさとぬくもりにふれ、魂はわずかでも救われたのでしょうか?

焼け焦げて失くした手を、大切そうに合わせ拝んで、感謝を述べ・・・死んでいった。

正直、色々な本を読んでみてもわかりますが、これは戦争を終結させるためという大儀のためになされた、その実は人体実験だったのですよ。体のいい色んなシナリオをくっつけていたけれど、実は米は大掛かりな人体実験をしたくて、最後2発ものウランとプルトニウム2種類の原爆を落とした。
そしてこれらの被害を受けた人たちの症状や人数や、その後の状態を追跡調査し、全て軍事機密として蓄積してきたのです。そしてそれは全て日本国民には隠されている。
そしてそのデータを国民には言わず、唯々諾々と宗主国には提供していたのが日本政府です。

だから、本当の原爆の被害を知らない、知らされていない人が多い。
そのために、今回のフクイチでの事故を軽んじて、本気になっていない人が多い。

それは、今も続いているのです。福島で、そして低線量被曝のデータをとるために、日本国民全体が、、そのエジキとなっていると言っても過言ではないと思います。
今戦争に対して暴走しようとしている安倍政権を支持する人たちは、こんな無意味な殺戮を正当化するためだけに、洗脳され利用されていることに気づいていないのでしょうか?

秘密保護法をみると、また安倍総理の動きをみていると、まったく同じことが繰り返されようとしているということが明らかに見えている!

私は何度かこの原爆の様子を描いた絵や、残されている米からの記録写真から、その時の阿鼻叫喚の地獄絵図を見たことがありますが、到底、正視できるものではありません。
皆さんも、まともな良心のある人間であるならば、同じ気持ちになると思います。

戦争は絶対にダメだというと、「サヨク」だとか日本から出て行け!だとか言う汚い言葉で見下したような発言を投げつけに来る未熟な精神性しかないというか、強烈に洗脳されていると思える人たちもいますが、苦笑
この方達に心を惑わされる必要はなく、彼らは自分で選択した結果を最後に得ることでしょうから・・・ほっとけばいいんです。可哀想な人ですよ。何が本当かも知らないで利用されている。

ただ、自分たちまともな人間は、右も左もなく、、
このような悲劇を繰り返すような愚をしてはいけない!
今、政権も映画もメディアもこぞって戦争を美化しつつあるような風潮も一部ありますが!
冗談じゃない!絶対にそれ(戦争)は許されない!それだけは確実です。

これは国民が望んだことではない、ただ軍産複合体やそれに群がる利権を得られる拝金主義者たちが儲かるからだけなされているのです。こんな理不尽があるでしょうか??

そこにどんな大儀も、正当化されうる理由もない!


美輪明宏(氏)
「わたしは原爆にあっている人間ですし、
戦前、戦後の両方の時代を知っています。
戦時中の一番の問題は、軍人たちに国を預けてしまったことです」

「軍人たちは、平たく言えば会社の用心棒、あくまでガードマンです」

「そのガードマンをいきなり社長や会長に・・・
なにもノウハウがないのですから、うまくいくわけがありません。
それなのに、日本国という会社は、
用心棒たちに経営をまかせてしまったのです」

「ですから、新しい憲法ができて、とにかくよかったのは、
「戦争を放棄します」ということでした。

これを聞いて、私は少年でしたが、
本当に跳びあがるほど嬉しく思いました。
もう逃げ惑う必要がないんだと」

「9条を改悪する必要なんてありません。
今の政治家は戦時中の軍人と同じです。
そういう連中が、憲法改正、改正と言って、
また日本を戦争にひきずりこもうとしている。
彼らこそ非国民です」

「鎖国の時代でもないのに、
こんなに日本が戦争にひきずりこまれることなくこられたのは、
憲法に守られてきたからです」

「正義の戦争なんてありゃせんのですよ。
最近、「次は徴兵制度でしょ」と、私は言うんです。
いいじゃありませんか、
自分の夫が、
ボーイフレンドが、
わが子が、
孫が、
家に帰ったら赤紙一枚で出征させられて、
それは死を約束されているわけですからね」

「また戦時中と同じように、
日本中が老人と女子供だけになればいいんです。
自分の恋人を殺して、
子供を殺して、
孫を殺して、
さぞかし満足でしょうよ。
みんな、全部他人のことだと思っているから
平気でいられるのです」

「私がどれだけ悲劇を見てきたか――。
汽車のデッキに立って出征しようとしている兵隊さんを、
「死ぬなよー、帰ってこいよー」としがみついて見送る母親が、
憲兵に引きずり倒され、
ぶん殴られて、鉄の柱に頭をぶつけて血を流している」

「それを死地に赴くために
出征しながら見ている子供の気持ち、
どんなだったろうかと思います。
戦時中は、そんなことばかりでした。
またそれが始まろうとしているのです。
それが戦争です」

「与党や野党の一部を支持している人たちはみんな、
男たちのいない世界を作りたいのね」

「みんな戦争の正体をしらなさすぎます」

(「憲法を変えて戦争へ行こう という世の中にしないための18人の発言」)
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「日本は石油も鉄もニッケルもない。
もともと戦争できない国なのに、
根性、根性、根性――。

根性なんて何の役にも立ちません。
軍部は知力がなく、非科学的。
日本人は野蛮人だった。
その愚かさの結果が原爆ですよ」
(2009年8月7日 毎日新聞)

(長崎で被爆し放射能の後遺症に苦しんだことについて)
「死んでたまるか、と思ってました。
怖いなんて言っている暇はなかった」
(2009年8月7日 毎日新聞)

(戦時中について)
「もうひどかったんですよ。
たとえば「一億火の玉」「一億玉砕」って言ってたんですよ。
私が軍人に「玉砕って何ですか?」って聞いたら
「みんなで死ぬことだ。
日本人は最後の一人になるまで
とにかく竹槍で戦って死ぬんだ」と言うんです」

「向こうは原爆作ってるんですよ。
どうやって竹槍で戦うんです?
この人たちは、忠義とか、忠臣とか、
天皇陛下の御ためとか言ってるくせに、
言ってることとやってることが違うじゃないかって思ったんです」

「「一億一人残らず死ぬということであれば、
天皇陛下も皇后陛下も宮樣方も
みんな死ねっていうことですか?」

(佐高信「って聞いたんですか?」に対し)」

「私、聞いたんですよ。
そうしたら「バカモノ!! 不敬である」なんて言われちゃって。
「不敬はてめぇだろう」でしょう」

週刊金曜日 8月9・16日合併号

「戦争って言葉をなくせばいいんですよ。「大量殺人」でいいんです。」

「(鈴木安蔵らの)憲法研究会の憲法草案の大元になったのは、
明治時代に四国で自由民権運動をやってた
植木枝盛の草案なんですよね。
明治時代、たくさんの人が憲法の草案を出してるんですよ」

「鈴木安蔵たちは、ジャック・ルソーの契約論や、
アメリカ独立宣言後のアメリカ合衆国憲法、
フランス革命後のフランス憲法、
ワイマール憲法など、全部のいいとこ取りをしちゃって、
自分の思想も入れて出したのよね」

「なんで自民党の人たちが、
(憲法を)「アメリカの押しつけ」って言ってるんだと思ったら、
政府側の案をはね付けられたからなんですよね。

「アメリカが作ったものを押しつけられたんだ」
と言うのはモノ知らずで無礼ですよ。
日本人が作ったんです」

週刊金曜日 8月9・16日合併号

「あるパーティ会場で、中曽根元総理が
『キミたちは海軍魂なんて知らんだろう』と大口叩くから、
慰安婦の話をして大喧嘩したことがあります」

「(中曽根は)ひとことも反論できずに、逃げ帰りましたよ。

その後、新幹線で出会ったときも、
私の顔を発見したら、慌てて隣の車輌へ逃げたんですから」

(女性自身 2006年8月22日・29日合併号)

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